ショートSF「未来のお化粧」

ショートSF

未来のお化粧

「時空見聞録」より

 到着した未来は百年後の日本。

 さっそく私はこの時代の人になりきって、

 あれこれ暮らしの観察を始めた。

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 町全体の感じは私たちの時代と大差ない。

 逆に緑が多く騒音も少ない。

 小さくて瀟洒な家が多い。

 ある家の窓をそっと覗いてみた。

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 母親が娘をせかしている。

 「早くしないと遅れちゃうわよ」

 「わかってる、もうすぐ終わるから!」

 娘は、どうやらお化粧中らしい。

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 化粧室を見て私は驚いた。

 未来の家といえばだれでも想像するだろう。

 宇宙ステーションの内部のような、

 超合理的で無機的なインテリアに違いないと。

 しかし、実際はその反対なのだ。

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 一間四方くらいのログの小部屋。

 そこにある鏡を見ながら、

 娘はしきりに体を動かしている。

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 鏡の中を遠目に見て、私は驚いた。

 ガイコツ? 内臓? サーモグラフィー?

 病院でよく見る画像が次々と鏡に映る。

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 娘はいったい何をしているのか?

 実は「お化粧」をしていたのだ。

 未来のお化粧は外見の化粧ではなかった。

 「健康な身体が健康な外見を生む」という

 当たり前のことが当たり前になっていた。

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 鏡は娘の声に反応し、

 身体の透視やエコー、MRIの画像を切り替えて、

 モニターに映してくれるのだった。

 未来の検査はとても安全で簡単になっていた。

 なにかあれば即、MYドクターがホログラムに現れて

 適切なアドバイスをしてくれる。

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 しばらくして、娘は化粧室から飛び出てきた。

 肌つやの良い、活き活きとした若い女性だった。

 化粧っ気など全然ない。
 
 私は懐かしい気持ちがした。

 「こんな娘は昔の田舎にけっこういたっけな〜〜〜」

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 時代が変われば美人の定義も変わる

 平安時代は太めのお多福さんが美人だった。

 科学や医療が極端に発達したこの未来では、

 美人の基準は「身体の健康」にあった。

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 町には自然がいっぱいで、

 騒音や煙を出したりするものは何もない。

 歩いている人がとても多く、

 その動作も表情もとてもゆったりとしている。

 和服のようなものを着ている人も多い。

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 私は未来に跳んだのか、過去に跳んだのか、

 わからなくなってしまった。

 それからこう思った。

 もしかして、それは同じことかもしれないな、と。

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 もう帰らねばならない時間だ。

 ほっとすることに、未来の夕日は私たちの時代と同じだった。

 「きれいな夕日だな。さ〜、暗くなる前に故郷に帰ろう」

 私は時空自転車のペダルを思い切り踏み込んだ。