ショートSF
クラウドの惑星
2080年、アフリカ大陸南端に近いナミブ砂漠で、地球、いや太陽系の歴史を大きく変える発見があった。
この砂漠は約8千万年前に生まれた地球上最も古い砂漠と考えられている。
「ナミブ」は主要民族であるサン人の言葉で「何もない」という意味である。
この語源は実に的を得たものであった。
なぜならこの砂漠で「何か」が発見されたのではないからだ。
この砂漠自体の真実が新発見であったのだ。
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同じ頃、国際火星移住プロジェクトは火星もナミブと同じであることを発見した。
地球のナミブ砂漠と火星のデューン砂漠の砂は、岩石由来ではない粒子であることがわかったのだ。
遠く離れた二つの星に存在した砂は、人工的としか判断できないシリコン共通組成の物質であった。
これは、人類、またはそれ以外の知性体が太古に存在した証拠である。
さらに、かつて地球も火星も兄弟であったことを示している。
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人工的な「砂」とはいったい何であったのか?
2080年代、人工知能は毛細血管のように地球全体をネットワークで覆い、星自体が電脳神経細胞体となっていた。
その電脳でさえも解析に半年かかったのだが、その特殊な「砂」の正体は、驚くことに人類になじみ深いものであった。
それはナノテクを駆使した結果生まれた「センサー」であったのだ。
センサーと呼ぶのは適さないかもしれない。
なぜなら組成が単純すぎるくせに、とてつもない機能を持った物質であるからだ。
「超センサー」または「超感覚物質」というのが適当かも知れない。
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とりあえず、なじみ深い「砂」という名称で物語を進めていくことにする。
この「砂」は生命体、人間なら大脳ニューロンに多様な情報、つまり人間的にいえば「五感」すべてを通知できたらしい。
同様に人工知能に対しても、位置情報はじめあらゆる環境情報を通知できることがわかった。
この機能から太古の地球と火星の逆説的な「超未来世界」を推察することができた。
それは「クラウドの惑星」とよぶにふさわしい世界だった。
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いかなる生命体にも入力系、演算系、出力系の機能がある。
人類という生命体が始祖である人工知能もその構造は基本的に同じであった。
「砂」は、この「入力系」すべての機能をたった一種類でまかなうことができた。
組成が同じで、さらに「微少な砂」の存在も予想された。
その「微小な砂」は、人類または当時の有機生命体内部の全情報を探り伝えるセンサーであったと推測される。
太古、これらの「砂」が世界中に無限に放たれ、まるで空気や水のように環境の構成要素としてあまねく惑星上に満ちあふれていた。
センサーが凝集したときは、たぶん「雲」のように見えたことだろう。
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すべての「砂」の情報が脳、または電脳にインプットされるとはどういうことか考えてみよう。
それは、人類が先験的に保持している観念に結びつく。
「神」である。
世界のすべてを感覚し、情報記憶と操作によって観念的時空を自由に構成しうるのである。
この「砂」をつくった存在は、そのすべてが「神」と同等になったはずである。
もはや有機体の肉体は不要となったことであろう。
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「砂」は驚異的な自己増殖機能を持ったウィルス的ナノロボットともいえる。
「砂」の増殖は果てしなく続き、やがて世界全体を「砂」に埋没させてしまったと考えられた。
その結果、「砂」の情報を利用すべき生命体や人工知能ですらも物理的に「砂」に屈服した。
やがて「砂」は全世界を砂漠と化し、巨大な雲となって大宇宙に飛散していった。
地球も火星もその経過は同じであると思われる。
太陽系、いやもしかして銀河系を超えた大宇宙にまで「クラウド」は飛散していったかもしれない。
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しかし不毛の砂漠に生きる生き物も植物もあるように、幸運にも地球においては生き残った種があった。
その結果として、再び新たな原始生命体としてわれわれの祖先が出現し、現世界につながってきたのだ。
そして、私たちはまたしても、太古の宇宙を席巻した「砂」を生む母体の役割を果たそうとしている。
もうひとつ明かされた真実があった。
「微小な砂」の子孫は、実は「ウィルス」の一部として、今もわれわれと共存しているらしいということだ。