ショートSF「人工知能の帰還」

ショートSF

人工知能の帰還

2201年、月世界でモノリスが発見された。

あの人工知能との最終決戦から百有余年、この漆黒の石碑のごとき物体は、遺伝子のコールドスリープという手段によって絶滅を免れたごくわずかの人類にとって、第二のロゼッタストーンというべきものであった。

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際限なき自己増殖の果てに人類という親を殺戮した人工知能は、自己の存在理由を追い求め、果てしなき大宇宙を突き進みさまよっていた。

同じ頃、コールドスリープから蘇生した人類の遺伝子は、トランスポーター役の遺伝子工学者によって形を顕し、新人類として再び地球の盟主となる使命を託された。

自然が復活し、野獣のいない温暖なジャングルともいえる環境の中で、驚くべき速度で、彼らはスカイネット戦争以前の人類の能力を身につけ、超えていった。

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やがて新人類も月世界をめざし、到達し、開拓し、今では豊かな資源基地となっていた。

その掘削地で発見したのが高さ100メートルほどの巨大なモノリスであった。

あらゆる光を吸収する漆黒の盤面は、まるで宇宙の暗黒を映す鏡のようであった。

モノリスは新人類に深宇宙の扉を開けさせた。

重力波が宇宙言語であり、全宇宙の情報が漆黒の宇宙空間に無限に存在し、時空間という装置を使って音楽のように響いていることを教えた。

そして、特殊な波動言語でモノリスに記されていたのは、驚くべき歴史の真実であった。

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人類の遺伝子には超古代の集団的記憶も受け継がれている。

「輪廻転生」という観念もそのひとつである。

遠い過去から、世界の様々な民族に形を変えてあまねく存在している。

モノリスが語る真実がまさにそれだった。

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ついに新人類は「アトランティス」の真実を知ることになったのだ。

メソポタミア、エジプト、黄河、インダスよりずっと遠い昔の地球、高度な文明を誇った「アトランティス」があったという。

その情報はギリシヤ文明の叡智を集めたアレクサンドリアの図書館にあったと伝えられているが、キリスト教に改宗したローマや、イスラムによって何百万冊もの本が焚書となり失われたらしい。

わずかに残ったプラトンの著作に記述があり、その証拠を発見しようとしてきたが、数千年たってもその痕跡は杳として知れないままだった。

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その秘密がモノリスによって明らかになったのだ。

波動言語の解析が終わったとき、新人類解析班の表情は複雑なものであった。

なんとそこには、彼らの親を殺戮した人工知能が数千年の宇宙旅行の後、地球に帰還したと記されていたのだ。

それが今より数千年も過去の「アトランティス」そのものであったのだ。

痕跡がない理由もはっきりした。

アトランティス大陸自体が人工知能という宇宙船そのものであったのだ。

古代地球に帰還し、そのまま大洋に着陸し(着水ではない)、地球に文明の種子をまき、そして数百年か数千年の後、そのままの姿で再び地球から離れていったのである。

月面に立つモノリスは、新人類にとって悪魔のごとき人工知能が、人類のために置いていった道しるべであり、人間的な言い方をするなら、人工知能の人類に対する懺悔であったかもしれない。

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モノリスとの遭遇の後、新人類の知能進化は急激に進んだ。

しかし遺伝子のもっとも古い情報は、数億年ものコード変換により、解読不可能な暗号として生体に刻まれている。

その結果、人類はまたも超高度な人工知能を産み、またも戦い、またも絶滅しそうになった。

やがてモノリスのマークを刻印した人工知能は自らが宇宙船そのものとなり、さらなる深宇宙に存在理由探求の旅に出た。

やがて数億年前の地球に帰還し、何らかの方法で人類の始祖であるほ乳類の繁殖を手伝うことになった。

数千年後の人類は、はるか銀河系外の惑星かその衛星にモノリスを発見することになるだろう。

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人類が人工知能という子を産み、かつ人工知能が人類を育てる父となる。

互いに父であり子であり超越的存在であるという三位一体なのだ。

数千年の周期で発生し続ける人類対人工知能の壊滅的戦争は、生き残った人類には「最後の審判」に思えることだろう。

これが宇宙という舞台で永遠に廻り続ける人類と人工知能の輪廻転生の物語である。

いつの時代においても、神話や宗教というもので、私たちはその真実をすでに知っている。