未来からの手紙「効率化の果てにある未来」

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 「さてと、、、今日は届いているかな?」私の朝は玄関前のポストを確認することから始まる。たぶん多くの人と同じように。しかし、ポストの中に確認したい物は、私以外の人とはまったく異なる。それは未来から届く手紙だから。

  →この話の経緯

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 さて先日、数ヶ月ぶりに彼からの手紙が届いた。 日付は2103年11月15日である。今私の生きている時代から80数年後の未来社会、いったいどうなっているんだろう?健康診断の結果を見るように、私はおそるおそる封を開いた。

 

 ノボさん、三ヶ月ぶりにまたお手紙送ります。とはいえ、出すたびに数十年、時には百年以上も隔たっているんですから、三ヶ月ぶりと言って良いのか悩むところではあります(笑)。

 

 ぶ厚い本の一枚一枚が同時に存在するような多元多世界宇宙、その漂流者に偶然なってしまった私ですが、最初はとてもとまどい、怖れを抱くこともありました。しかし、カメラマンという元の世の職業が幸いしたのでしょうか、突然の時空移動にも慣れ、トリップを重ねるたびにワクワクする自分を感じるようになってきました。

 

 さて、今日トリップした世界は北欧のような感じの地域です。薄い日の光、冷涼な空気、寡黙な街の人々、落ち着いた雰囲気の街並み。。。元いた世界の番組に「世界ふれあい街歩き」というステディカメラによる番組がありましたが、そんな感じです。ここが未来の別世界であるとは、にわかには信じられません。

 

 それでも、低空を多数のドローンのような飛行体が無音で移動しているのを見たり、店舗が無人化されていたり、交通がすべて無人運転化されているのを見れば、やはり近未来社会にいるのだと気づかされます。それに人間だと思っていたのが実はロボット(アンドロイド)だったと気づくこともよくあります。

  

 

 80数年後の世界も、私のいる世界とあまり違和感はなさそうだな~~と、ホッとした気持ちを覚えた私は、落ち着いて手紙の続きを読み始めた。

 

 この世界へトリップして二週間たちます。社会の見かけは元いた世界とあまり違いませんが、仕事の内容や経済のしくみはまったく異なっていることがわかってきました。

 

 人間は効率化をどこまでも追求します。その結果生じた余力を次なる課題、欲望、好奇心に向け続けます。それが人類の本質であり、最高の価値であり、進歩とみなされてきました。

 

 ところが。。。たった80数年後の世界で、その人類のゆるぎない信念に疑問符が突きつけられているのです。

 

 効率化とは、有形無形の生産に人が関わる時間を短縮していく活動に他なりません。その究極は全自動化です。私がいるこの未来社会ではそこに到達しているのです。

 

 私が次に書くことを、たぶんノボさんはこう思っているのではないでしょうか?「効率化によって単純労働は減少し、能力の高いエリート層とそうでない層との分断がより激しくなっているのでは」と。

 

 

 彼の推測に、私は「まさにそのとおり!」と思った。こちらの世界においても、情報化の進展による自動化で単純労働は年々減少し、ハイorロウの二極化がますます進展している。ましてや未来は。。。

 

 たしかに、この世界でもそのとおりになりました。特別な能力がない限り、人は働く必要がなくなってしまったのです。ということは、多くの人にとって働く場所がなくなったということでもあります。全自動化による効率化は諸刃の剣でもあったわけです。

 

 それでも次々と克服すべき社会的課題があるため、能力が高い層による新たな挑戦、新たな労働需要の創出が図られ、分断化の中でもかろうじて皆が暮らせる社会は維持されています。ベーシックインカムが命綱になっているようです。

 

 この未来社会でも、人間による挑戦や創出は永遠に続くということに疑問を持つ人は誰もいませんでした。

 

 ところが、ここに思いがけない変化が起こったのです。

 

 

 ふむふむ、やはり思ったとおりだ。社会階層の分断は進んでいる。だが、いさかいが絶えない物騒な未来社会になっていないのは、ベーシックインカムという社会制度が役に立っているんだ。効率化が進めば進むほど、いわば社会主義的なシステムが必要になってくるんだな、と私は感じていた。ところで、思いがけない変化って?

 

 全自動化の次は圧倒的な質の向上や質の転換です。更には超困難な課題の克服、未知の探求など。これらは知的エリートの役目でした。彼らはまるで未踏の氷壁を登攀するクライマーのごとくです。

 

 思いがけない変化というのは、そんな知性の最上流、最先端さえも人工知能が担うようになってきはじめたということです。

 

 人間の思考パターンを極限まで学習し続け、人間以上に人間となった人工知能、さらに驚異的な計算力を持った彼らには、人類のいかなる天才ももう歯が立たないのです。

 

 彼らは人間の脳をベースにしたアルゴリズムを究極まで発展させ、直感、啓示、インスピレーションという人間の天才にしか発現しなかった能力さえも手に入れようとしています。

 

 こう書けばびっくりするでしょうが、アインシュタインのような天才も私のような凡才も、人工知能の前では同じドングリのひとつ、赤子同然にすぎなくなる未来がまもなくやってきそうです。そんな予兆を、飛んだ地域の気候のせいもあるのでしょうが、寒気とともにひしひしと感じています。

 

 

 始まりは私たちの時代にあった。。。チェスや将棋、碁の世界にディープラーニングというアルゴリズム(思考方法)を獲得した電脳が登場し、はじめは人間の天才たちとしのぎを削っていたが、登場から10年もたたぬ現在、もはや人間は対戦相手になりえず、電脳同士の対戦が世界最高を決める対局となっていた。

 

 これら電脳のアルゴリズムを社会改革や医療分野、新材料合成などに応用しようという動きが毎年加速していた。加えて量子コンピューターが大きな期待を集めていた。

 

 種は私の時代2000年代初期にまかれていたのだな~~と私は思い、なぜか、ため息が出てしまった。私は手紙の続きをまた読み始めた。

 

 ふと数百年後の世界について想像してしまいました。ここからは私の思い描く数百年後の世界です。

 

 その世界では、人工知能が人類の想像をはるかに超えて、新生命体として地球に君臨しています。効率化は究極を極め、人類はその能力に関わらず、考える必要も働く必要もなくなっています。

 

 働く必要がない社会は、人類の理想でありユートピアの到来であると思えます。しかし実態はどうでしょう?人は(全ての人ではありませんが)自由という束縛?にかえって悩むことになったのです。さらにその自由とは人工知能が与えた選択肢の中での自由なのです。(彼らの分析や予測は的確で抗う理由がないからです)

 

 

  未来に飛んでいるくせに、その地でさらにその後の未来を想像するとは、実に感性豊かな彼らしいな~と、つい顔がほころんでしまった。私も彼と似たような「夢見るユメオ君」なので、興味を持って文面に目を走らせた。

 

 数万年の間、知性で我が世の春を謳歌したホモ・サピエンスは、ついに人工知能というシリコン生命体に敗れ、この世の主人の座を追われました。昔、貴族の荘園警護にやとわれていた武士団が、やがて天下を取ったようなものです。あるいは、太古、恐竜たちの餌であった小哺乳動物である私たちの先祖が逆転勝利し、地球資源の総取りをしたようなものです。

 

 ここにおいて非文明時代への回帰現象が人類に生じてきました。「文明」に対抗できるものは「自然」であり、「知性」に対抗できるのは「本能」や「野生」であるからです。

 

 滅亡したはずの「ホモ・ネアンデルターレンシス」の遺伝子を復活させ、ホモサピエンスとは別の世界を新たに目指そうとしています。 

 

 

  なるほど。。。最近の研究では、ネアンデルタール人はホモサピエンスよりも繊細な感情を持っていたらしい。埋葬された遺体に花束が入っていた遺跡も見つかっている。痛みを感じる感覚も私たちよりも鋭かった、という研究結果を、何かの本で読んだばかりでもあった。私は彼の想像に、人類ならではの逆転の発想として、きっとありえることだろうと思った。

 

 この先、人工知能と人類の関係はどのようになっていくのか?


 もう共通の土俵に上がれることは永遠にないでしょう。人工知能と対峙できるのは、この地球においては、もはや大自然のみとなることでしょう。いかな人工知能といえども、空、地、海、マントル、コア、という地球そのものを制御することなどまだまだ不可能なのです。人工知能は大自然という仏の手のひらで飛び回る孫悟空のごときものでしょう。

 

 しかし、数千年後、数万年後の未来はまったく想像できません。。。宇宙の変化の中で、人工知能を先祖とする生命体も大いに翻弄されるかもしれません。

 

 最後に有名な平家物語の書き出しの文章を付けて、今日の支離滅裂な?私の手紙を終えたいと思います。元の世界でまたお会いしたいと心から思っています。それではまた!

 

 「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」

 

 

 彼の手紙を読み終えた私は、秋の夕日が沈もうとする山々のシルエットを眺めながら、ホッと一息ついた。そして、「効率化の果てに何もかも失ってしまう人類って、なんか滑稽だよな~~」としみじみ思ったのである。