未来列車アインシュタイン号 第1話

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2015年5月に行った北上山地「種山が原」

ショートSF

未来列車アインシュタイン号 第1話

2050年夏、新しいディズニー・ワールド「銀河高原ワープランド」が、東北地方の北上山地に開園した。

 

なぜ北上山地という僻地に?と誰もが思うのだが、実はこの施設の目的はこの遊園地の地下に計画された世界最大の巨大加速器の建設資金、運営資金を得るためであり、はじめに巨大加速器の計画ありきだったのである。それゆえ地震の可能性が少ない安定した地盤である北上山地が選ばれたのであった。

 

プロジェクトの背景には、30年前から続くことだが、政府はすぐに成果が期待できる研究にしか金を回さなくなったことがある。そこでついに逆転の発想、研究したいなら、まず遊ばせろ!という進め方が研究機関の主流となったのである。ついに大学や研究機関そして行政がディズニーランドと提携してこの巨大施設ができた。

 

さて、このプロジェクトは大変合理的な発想に満ちあふれていた。それは巨大加速器を研究だけでなく遊具としても活用して一挙両得を狙おうというのである。巨大加速器の真の目的は人工ブラックホールの生成であったが、それをつくる過程で近未来への時空旅行が可能になったのである。

 

相対性原理によれば、地球上においてさえ、高速の飛行機内では時間がゆっくり進み、着陸時にはほんの少し未来へ行っている。超高速の巨大加速器に人間が乗れればそれはタイムマシンになる理屈であった。そして本当にその装置をつくったのだ。

 

このプロジェクトのリーダーは日系2世の天才物理学者であった。アルベルト・寺田という名で、先祖はあのアインシュタインと遠縁であるらしい。その縁ゆえか、この超巨大遊具は「未来列車アインシュタイン号」と名付けられた。一周200キロの加速器のレールを疾走する(飛ぶ)のはまさに時空横断弾丸列車のようで絶妙のネーミングであった。

 

とはいえ、未来とはいってもまだ50年先が限界であった。(これだけでも驚くべき成果だが)戻りはどうするのかいえば、この時代未来へ行くことはできるようになったが、過去に戻る技術も理論もまだなかった。実は未来の技術で戻ってくるのである。

 

未来旅行の初期のテストパイロットは戻ってこられなかった。彼らは片道飛行をあえて志願したのであった。しかし、実験の初期は数年先の未来へ飛んだので、その数年が経過すると彼らの未来への無事到着が確認できたのである。このようにして実験の成功を何度も確かめたのち、思い切って最大50年先への未来旅行を二人の未来旅行士に託したのであった。数年前、二度と帰らぬ決心をして銀河系の探検へ飛びたった宇宙旅行士とその目的も志も同じであった。


びっくりしたのは、50年後に飛んだ彼らがたった3日後に、現在に戻ってきたことであった。未来は相対性原理を超える理論を発見し、それによって未来と過去を行き来する技術を持ったらしい。ところが時空旅行のパラドックスを避けるための仕掛けなのか、時間旅行者の脳細胞は未来へ出発したときと同じ状態にリセットされていて、三日間の記憶も未来社会の記憶もまったくないのであった。帰還した彼らの第一声は「未来はまばゆい白だった」であった。あの世から生還したという人たちの話とよく似ている。

 

その代わりに未来の子孫が彼らに「おみやげ」を持たせてくれた。未来社会の様子を今の時代の記憶媒体に詰めた映像や音声、文字情報で教えてくれたのである。彼らにさしつかえない範囲で。

 

もう1世紀近くも前になるアポロ計画は、月世界旅行という夢の実現で人類を大いに興奮させてくれた。2040年代に入ると、健康で金さえあればだれもが月へ行ける時代になっていた。それから数年後の今、かつての宇宙旅行と同じくらいの興奮を人類に与えてくれているのが未来旅行である。そして2050年の今、いよいよ時間旅行が限られた未来パイロットから健康で金がある民間人へと解放されたのであった。記憶が何も残らない旅行なのになぜ?と思えるのだが、記憶に関係なく間違いなく未来を見たということに、その種の人たちは大いなる価値を感じているのだ。まさに好奇心は人類の最大の能力というか業である。

 

古来より、人類の杞憂とは「未来はあるか」「未来は幸福か」ということであった。未来旅行は科学のみならず政治や社会のあらゆることに大きな影響を与えた。なぜなら、今の延長である未来が問題なく存在するという確証を得られたからである。それゆえ世の中は、今行っていること、行おうとしていることの全肯定に結びついた。それが良いことか悪いことかまだわからない。

 

しかし、実際の未来はかつて未来から持ち帰った情報と「ずれていく」ということもわかりかけてきた。これは多元宇宙の証明かもしれない。あるいは人間が自ら未来を変える可能性を失わせないようにという天の配剤かもしれない。

 

ここまではバラ色の未来を想像させる話である。実際、未来列車アインシュタイン号に乗車した初期の未来旅行者が持ち帰った「おみやげ」は希望を感じさせるものだった。たとえば3Dホログラムに録画された2100年頃の未来社会の映像。そこには上空から映された無数の巨大なドーム群があった。それらは幾本もの細い連絡チューブでつながれ、まるでそれ自体が珊瑚礁のような生物群を感じさせた。

 

夜になるとドーム群は無数の発光虫の群落のように光り、映像は徐々に地球の外までパンしていく。現在の宇宙ステーションから見る地球上の大都市の輝きとは比べものにならない規模で、光の宝飾具のように地球上のかなりの部分を飾っていた。それは二百億を優に超える人類が地球上に存在し、大自然と覇を競う人工世界を拡張し続けているように見えた。それが望ましいことと思わない人もいたが、人類がたぶん科学技術を駆使して自分たちの居住環境を豊かに(人工的に)発展させているのだと肯定的に感じる人のほうが多かった。

 

時々地表や海面にランダムに発生する青白いスパークは多少不安を感じさせたが、きっと未来社会を支える新エネルギーの放電だろうと思っていた。よく見ると多少弱い光の群生が海洋にもある。映像は急速度で地球に降下しやがて海中に入る。たぶん千メートル以上もの海底、そこにはやはり大きなドーム都市があり、地上と同様、移動用の細い連絡チューブがクラゲの触手のようにしてドーム間をつないでいた。この時代、人類はついに海中都市を実現したのだと、映像を見て現在の人間は興奮した。それにしても、なんと大きなドームなのだろう。偶然マッコウクジラが通りかかり、直径は2~3キロ、高さは500メートルほどもありそうなことがわかった。このように未来からのおみやげは、とても珍しいが量は少しだけの高級スイーツの如くであった。しかし真に美味しいものは少量で十分満足できる。

 

別な未来旅行者の「おみやげ」を開いたとき、多くの人が何かしら不安を感じた。その3Dホログラムは天空を映していた。そこには高高度に巨大な飛行体が数多く浮遊している様子が映されていた。夜になると地表ほどではないが、それらも蛍の大群のように明滅するのであった。天と地の間にときおり発生する強烈な白色光のスパーク、決して雷などの自然現象ではないことがその規模で頻度で想像できる。現在の有名なSF作家は、未来は地、空、海への棲み分けが行われているのではないか、もしかしたらそれらの間で戦いが発生しているのではないかと語った。

 

別な旅行者の映像には、さらに不安をかきたてる内容が収められていた。たくみにぼかした群衆の映像の中に、身長が3メートルもあるのではという人物?がかなり混じっていたのである。もしかしたらロボットやアンドロイドなのかもしれないが。。。それ以外の可能性もたぶんにある。

 

ということで、未来列車アインシュタイン号の旅は、マルコポーロの東方見聞録のごとく興味がつきない。近日中にまた未来旅行が予定されているらしい。機会を見て結果を報告したいと思う。